清川 守光(きよかわ もりみつ) 生没年未詳
流派: 山田派か
略歴:
清川守光の経歴はほとんどわかっていません。文政〜安政頃に活躍していたようです。
通称が吉兵衛で「塗師屋吉兵衛」・「塗師吉」などと呼ばれていました。
諱が守光で、寛遊斎・蓬山・衆山などとも号しています。作品のほとんどは印籠や根付です。
のちに伊予国大洲11代藩主・加藤泰幹に江戸で召抱えられました。
実子はなかったらしく、幸阿弥派の小林貞玉の門人・清水伊之助を養子とし、
自分の1字と貞玉の1字をとって清川守貞と名乗らせ、家名を継がせました。
住居:
清川守光の住所は長らく不明でしたが、二宮尊徳の日記等から明らかになりました。
天保末には中橋・北槇町に住んでおり、
その出店は芝・神明の浜松町1丁目裏通りにありました。かなり手広く商売をしていたようです。
大洲藩に召し出されたのは晩年の可能性があります。
門人:
清川守貞
加藤 泰幹(1813〜1853):
伊予大洲藩の第11代藩主。従五位下、遠江守。
文政9年(1826)父泰済の跡を継いで藩主を相続しました。
倹約や公定価格制度を導入するなど、藩の財政改革に手腕をふるいました。
作品を所蔵する国内の美術館・博物館:
・東京国立博物館(唐子遊蒔絵印籠
・松葉蒔絵印籠
)
・静嘉堂文庫美術館(露草蒔絵印籠・牧童蒔絵印籠・鹿寿老人蒔絵象嵌鞘印籠)
・茨城県立歴史館(◎唐子遊蒔絵印籠・◎魚介蒔絵根付)
・飯田市立美術博物館(色紙短冊散蒔絵印籠)
・大阪市立美術館(遊鯉蒔絵印籠)
作品を見る⇒
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