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  •  勝軍木庵 光英(ぬるであん こうえい) 1802〜1871 松江城

     流派: 梶川派

     略歴:
    江戸末期、雲州松江が生んだ伝説的な印籠蒔絵師です。 享和2年(1802)、出雲国松江城下の漁師町に、塗・蒔絵師の三島屋良兵衛の次男として生まれました。 名は宗一で、幼少より父に就いて蒔絵を学びましたが、山陰の一城下で漆技の進歩しないことに悩んでいました。 23歳の時、ついに意を決して、わずかな金子を懐に、密かに松江城下を出奔し、 関所を避け、昼夜兼行で江戸に上りました。 そして徳川将軍家の御蒔絵師、梶川清川※1に入門して蒔絵を学んだのでした。 それから刻苦修業すること八年、梶川家の跡継ぎにも望まれましたが、 たまたま父の訃報に接し、梶川家の厚遇を辞して帰郷しました。
     天保初年、家業を再興し、ついには松江藩の納戸御用達となりました。 そして安政年間(1854〜1859)には、藩主松平斉貴からヌルデの盆栽※2の満開の様を写した 「勝軍木蒔絵文台・硯箱」の製作を命じられ、3年の歳月をかけて完成しました。 その功績により在府中の藩主より「勝軍木庵」の墨書と金一封を、特使をもって授けられ、 以後それを銘書に用いたと伝えられます。
     晩年は嫡子、宗太郎春光に家督を譲り、茶事を楽しみながら悠々自適に過ごしました。 明治4年(1871)4月11日に没し、「勝軍木庵真相光英居士」と諡され、松江市寺町龍覚寺に葬られました。
     作品は、茶道具・文房具・印籠などで、作風は梶川系の緻密な高蒔絵や研出蒔絵となっています。 作品数は極端に少なく、しかも遺作の多くは今なお、地元である島根県下に秘蔵されており、 作品を目にすることは稀です。

    ※1 梶川清川は、当時の梶川家の当主、梶川清左衛門(?〜1850)と考えられます。
    ※2 ヌルデは、ウルシ科ウルシ属の落葉小高木で、別名はフシノキ(五倍子木)。 ヌルデに「勝軍木」の字を当てるのは、用明2年(587)仏教受容の可否をめぐって、 蘇我馬子と物部守屋が戦った時、14歳の聖徳太子が夢告によってヌルデの木で一寸余の四天王像を刻み、 頂髪に付けて戦いに臨んで、蘇我氏が勝利を得たという伝説に由来しています。

     門人:
    2代勝軍木庵 勝木春光(実子)

     逸話:
    ごく短気でしたが、さっぱりした性格で、仕事熱心だったそうです。弟子に対しても厳しかったと伝えられます。 また「勝軍木庵の玄関付き」と言われるほどの派手好みで、 晩年は茶事を好み、また庭の木石に凝ったそうです。亡くなった時も、庭前の皐月の花の満開を賞し、 茶を一碗喫した後で没したと伝えれれます。伝説の名工らしい最期といえるでしょう。

     幻の名品 勝軍木庵光英作「勝軍木蒔絵文台・硯箱」:
    勝軍木庵光英の伝説的な最高傑作です。安政年間、松江藩主松平斎貴の命で、金銀貨156枚、3年の歳月をかけて製作しました。 この作品の確定は、拙著「近世蒔絵師銘鑑」(『緑青』2005年 マリア書房)においてすでに発表済みですが、 ここに掲載したモノクロ写真が、伝説的な、かの有名な文台硯箱であることは、このページで初めて公開します。
     総置切金地に、藩主松平斎貴愛玩の「ヌルデ」の盆栽を写生して、高蒔絵とした豪奢なものです。 硯箱の硯石・筆架・船形水滴などは、「角田川蒔絵文台・硯箱」をモデルにしています。 また外箱は藩祖松平直政所用の「縞葵紋蒔絵陣弁当」(松江神社蔵)を写しています。
     この文台・硯箱は、雲州松平家の秘蔵品でしたが、明治末年に松平伯爵家の蔵を出て、高橋是清(1854〜1936)の有に帰しました。 そして大正6年(1917)10月26日に東京美術倶楽部で行われた「高橋男爵家所蔵品入札会」において、 2万5千円という記録的な高値で売却されました。 しかしこの入札会以後、現在まで行方不明になっています。もしどこかで現存していれば、遺作中、第1等でしょう。 発見された方は、蒔絵博物館までご一報頂けたら幸いです。

    勝軍木蒔絵文台・硯箱














        ・「勝軍木蒔絵文台・硯箱」
         文台の隅金具からは房が下がっており、隅金具は光り輝いています。
         金具は全て金無垢なのでしょう。

    勝軍木蒔絵硯箱












        ・「勝軍木蒔絵硯箱」
         見込みは「角田川蒔絵文台・硯箱」をモデルにしています。

    勝軍木蒔絵文台

















        ・「勝軍木蒔絵文台」
         総置切金地、つまり地は正方形の切金をびっしりと敷き詰めているのです。
         その上に藩主愛玩のヌルデの盆栽を高蒔絵で表しました。葉の幾枚かは
         光っています。恐らく金貝の極付として変化を付けていたのでしょう。全体に
         まばゆいばかりに光り輝いていたことでしょう。モノクロでしか目にすること
         ができないのが残念でなりません。

    縞蒔絵外箱

















        ・「縞蒔絵外箱」
         藩祖松平直政所用の「縞葵紋蒔絵陣弁当」(松江神社蔵)を写しています。
         黒・朱・黒・金が1サイクルで、縞模様になっているのです。普通外箱は
         真田紐ですが、太い房が掛けられており、金具も豪華です。

         写真は「勝軍木蒔絵文台・硯箱」(高橋男爵家所蔵品入札目録)より。


     作品を所蔵する国内の美術館・博物館等:

    ・島根県立美術館(宮城野蒔絵茶箱・富士蒔絵印籠・菊蒔絵中次
    ・田部美術館(秋草蒔絵棗・東海道五十三次蒔絵印籠・兜蒔絵印籠・蝉丸蒔絵硯箱・陣弁当写野点箱・
             陶淵明李白観瀑蒔絵文台硯箱・吉祥蒔絵三組盃・東都名所蒔絵重箱・春草蒔絵硯蓋・
             唐草蒔絵手付菓子器)
    ・可部屋集成館(富士蒔絵文台硯箱)
    ・絲原美術館(四季耕作蒔絵文台硯箱 紅葉吹寄蒔絵棗
    ・手銭記念館(鶴蒔絵香盆 、富士菊竹蒔絵三組大盃)
    ・静嘉堂文庫美術館(雲龍蒔絵印籠)
    ・松江神社(松江市指定文化財 御尊尽蒔絵手箱)
    ・八雲本陣記念財団(秋草蒔絵菓子器)

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    作品を見る⇒

    勝軍木庵光英135回忌 2006年4月11日UP