ここでは蒔絵を含め漆工品の取り扱い方、 保存・修復方法について説明します。

 漆器は千年以上にわたって日本人の生活の中にありました。 その取り扱い方法は、日本人として本来ごく常識的であるはずです。 ところが現代生活から漆器が遠ざかるにつれ、その常識が忘れられつつあります。 お宝番組で鑑定士と称する女性がジュエリーを指に付けたまま、 漆器の野弁当を触っているのを見て、このページを増設しました。
 現在は漆器の評価が決して高くはないため、 容易に、そして安価で古美術品の漆器も入手することが可能です。 これは逆に言えば数百年の災禍をくぐりぬけて、 現代にまで残った作品が現代で滅失してしまう恐れがあります。 古美術品を手にするには、現実的に何の資格も要りません。 しかし手にした者は、一時的に預かっているに過ぎず、 後世に残す責任があるということを肝に銘じなければなりません。

 取扱方法
 日用品の漆器も古美術品としての漆器も、 本来は実用のための工芸品であったものなので、 品質の上下があるだけで取扱いは同じであるはずです。 塗り上がって年月を経過した漆器の表面は非常に丈夫です。 しかし、尖った金属で傷つければ当然傷がつきます。 あたりまえのことです。 取り扱いの際には、指輪や腕時計は外さなければなりません。 カフスボタンなどの金属のボタンも危険です。 上等な食器を使った高級料亭で指輪を外して食べるのは、 同様な配慮からくるもので、あたりまえのことでしょう。
 手は良く洗い、汚れや脂分を除かなければなりません。汚れや脂はカビの原因になります。 特に重要な作品を扱う場合はアルコールを含ませた布などで手の表面を脱脂する必要もあります。 実は、国内の美術館・博物館では、専門家はガーゼの手袋を使うことはほとんどありません。 これは指の感覚が鈍り、取り落としたりする危険を回避するためです。
 一方、外国の美術館では手袋を使うことがあります。 これは艶のなくなった漆器にワックスなどを塗っている場合があるためだと考えられます。 汗などでワックスが溶け出すことがあるからです。 これはもはや本来の漆器の表面状態ではないので やむをえない方法と言えます。
 実際の取扱い方は、ぶつけたり、傷つけないよう、 しっかり手で持ち、丁寧に取扱う、ということに尽きます。 お茶席でのお道具拝見の際に、畳からほとんど上げずに、 両手で取り扱うことは、最も理にかない、 また作品に対する尊敬の念の表われでもあります。 高く持ち上げないのは、万一落とした時のためであり、 両手で扱うのは、落とさないためです。 道具に対する気持ちはこうあらねばなりません。
 また印籠の取り扱いの際には、 印籠への緒締や根付の接触がないよう、両手でそれぞれに印籠と根付を持つなど、 細心の注意を払う必要があります。印籠は細密な工芸品で、 傷が一つでも付くことで価値が大幅に下がってしまいます。不必要に蓋を開閉したり、 分解することは、持ち主に不安を与えるだけなので、厳に慎まなければなりません。

 保存方法
 漆器の大敵は、紫外線と乾燥です。紫外線は漆器表面に劣化を生じます。 具体的には褪色や表面劣化、 つまり変色と艶の消失です。
 乾燥は表面劣化と下地の変形や損傷を起こします。 これも具体的には艶の消失と、木地や下地にワレやヒビ、変形を生じます。
 こうしたことを防ぐために、 その保存場所は涼しく、湿度のある暗所であるべきです。 桐箱は紫外線を防ぎ、湿度をある程度一定に保つことができます。 布で包み桐箱に入れ、蔵で保存することは、 日本人が長年にわたって行ってきた方法です。 機密性が高く暖房の強い現代住宅では、 湿度の保持には相当に注意を払う必要があります。
 紫外線と乾燥に留意する以外に保存の方法はありません。脂分を取り除いて箱に収納し、 暑過ぎず、湿度のある場所で保管するだけのことです。
 国内に存在している分にはさほど心配はいりませんが、 外国に存在しているものは、湿度も温度も全く異なるので、注意が必要です。 しかもそうした場所で何年も出しっぱなしの作品は紫外線と乾燥で劣化が急速に進みます。 外国のコレクションでは、そうした作品がしばしば見受けられ、特にアメリカは乾燥が厳しいので 劣悪な状態になってしまったものが多くあります。 それらは修復でも完全には元に戻りません。海外流出させずに、国内で保存することが、 漆器のためには一番良いことです。

 修復方法
 日本人は数百年にわたって漆器を修復しながら使ってきました。 リサイクルやエコロジーという言葉を出すまでもなく、 日本人が培ってきた精神です。
 木地・下地が優良で、手抜きのないしっかりした仕事がなされた漆器は、 保存さえきちんとすれば千年でも持ちます。正倉院宝物が現在でも美しい状態であることや、 200年前のお椀が、現代でも十分使用可能なことからもそれは実証されます。
 一方で、使い込んだお椀などでも、塗りなおすことによってさらに数百年の使用が可能です。 ただしこれは実用品の漆器です。
 古美術品・文化財としての漆器は、 自ずからその修復の方法も異なります。 現在の文化財の修理では、現状を維持するための最低限の修理で、 修理の痕跡を覆うことはなく、むしろ分かるような修復をします。 それは古色を尊ぶ日本人独特の精神によるものです。 例えば金錆という言葉があります。 これは金に含まれる僅かな不純物が数百年の間に生じさせた錆です。 外国の文化では金や銀はピカピカに磨き上げます。 しかし日本人は、こうした古色を尊んできました。 茶道などはその代表です。
 艶のなくなった、劣化した漆器に艶をよみがえらせるには、 擦漆や漆固めという方法がとられます。 漆器の修復は、伝統的な材料でなければできません。 外国では劣化して艶がなくなった漆器にオイルやワックス、 樹脂を塗ることがしばしば行われます。 これは漆が手に入らず、また漆を扱うことができる技術者がいないからで、 一時的に艶を回復することができますが、 オイルやワックスそのものが早期に腐食したり劣化します。 樹脂も同様です。さらに修理する際に、劣化した表面に染み込んだ オイルやワックスを除去するのは大変な作業です。 表面にオイルやワックスは、絶対に塗ってはいけません。 国内でも漆器の保存にオイルを塗ることが正しいケアーだと 思っている人がいるので驚かされます。
 いずれにしても、漆を使った修復は、最も有効な方法であると同時に、 可逆性のない方法です。漆を使った修復は専門家でなければ手に負えません。 それも単なる漆芸作家ではなく、時代ごとの材料と仕上げの手法を熟知し、 修理の経験が豊富な人物でなければなりません。 修理と新作では、手法も思想も全く異なるのです。 また修復の中でも、文化財の修復と日用漆器の修理では、 これまた手法も思想も異なります。それぞれの専門家にご相談ください。

2010年12月30日UP