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  •  原 羊遊斎 (はら ようゆうさい) 1769〜1845

    梅月蒔絵印籠
    (うめにつきまきえいんろう) 全体写真

     法量 :
    縦60mm×横64mm×厚22mm

     製作年代 :
    江戸時代後期
    天保頃(1830〜1844)

     鑑賞 :
    檜木地に三日月を銀板象嵌、梅を木地高蒔絵にした作品です。 林忠正の旧蔵品で、1902年のパリでの売立に出品されました。 その後、1977年にロンドンで1度出現しましたが、 再び行方不明となり、30年ぶりに確認されました。 現在、茶金石の緒締、 「根引松蒔絵饅頭根付」が取り合わされています。

     意匠 :
    同じ形状で酒井抱一の同趣の三日月に梅の意匠の印籠が 他に2点現存しています。1点は黒蝋色塗黒蒔絵で、1点は木地に抱一が墨で直描きしています。 この作品には、抱一の下絵銘はありませんが、 抱一没後に羊遊斎が抱一風にデザインしたと考えられます。

     形状 :
    横長楕円形で1段の印籠です。 檜木地を刳り貫いて作っています。 木地蒔絵でもあり、厳格ではなく、洒落た雰囲気の印籠です。

     技法 :
    檜木地に摺漆をして目止めを行い、 焼金・青金の木地高蒔絵にしています。三日月は銀板象嵌です。 段内部は豪華な刑部梨子地です。 刑部梨子地は鹿の子梨子地に次いでコストがかかる梨子地で、上等品に見られます。

     作銘 :
    段内部写真 銘写真 内部蓋裏の左下に小さな字で「羊遊斎」と蒔絵銘があります。 前に挙げた、三日月に梅の意匠で同形状の印籠2点も同じように刑部梨子地で蓋裏銘となっています。

     伝来 :
    パリで活躍した有名な美術商、林忠正の旧蔵品で、1902年1月27日、パリの画商 デュランリュエルの画廊で行われたオークションで売却されました。その時のオークションカタログ "COLLECTION HAYASHI"に出ています。ロットナンバー273番から442番までが印籠で、433番がこの印籠でした。 その後、1977年2月1日のクリスティーズ・ロンドンに 旧林忠正コレクションの印籠数点とともに競売にかけられましたが、 また行方不明になっていました。 100年以上海外を転々とし、2007年に30年ぶりに日本で出現しました。

     林忠正(1856〜1906) :
    COLLECTION HAYASHI 高岡出身で、1878年にパリ万国博覧会の通訳として渡欧し、その後パリで美術商として活躍しました。 ヨーロッパに日本美術を広め、日本に印象派を紹介したことでよく知られています。 特に浮世絵の価値を世界的に高めたことで有名です。

     COLLECTION HAYASHI :
    1902年1月27日、パリの印象派の画商 デュランリュエルの画廊で行われたオークションカタログです。 競売吏がボール・シェバリエ、鑑定人はサミュエル・ビングでした。 パリでの2回のオークションは、1900年のパリ万国博覧会の事務官長として民間から採用され、 美術商を廃業した際の売立品です。 ゆまに書房より『林忠正コレクション 全5巻』 として復刊されています。

     展観履歴 :
    2019 東京富士美術館「サムライ・ダンディズム」展


    全体写真

    正月蒔絵印籠
    (しょうがつまきえいんろう)

     原羊遊斎作 

     製作年代 : 江戸時代後期
    天保後期頃(circ.1840)

     法量 :
    縦97mm×横57mm×厚22mm

     鑑賞 :
    原羊遊斎による琳派風印籠の最高傑作で、圧倒的な存在感を見せています。 定家詠花鳥十二ヶ月)の内、正月の柳鶯について詠んだ和歌に基づいた光琳屏風に基づき、 酒井抱一が下絵を描いた作品です。 元禄の尾形光琳を思わせながらも、 より華やかで精密な江戸琳派工芸の特長を出しています。
     竹に止まる鶯にちなんで、根付には「梅に鶯図」の鏡蓋根付と 大きな珊瑚珠の緒締が取り合わせられています。

     意匠 :
    藤原定家が詠んだ花と鳥に関する十二ヶ月の和歌(いわゆる定家詠花鳥十二ヶ月)の内、 正月について詠んだ和歌に基づいています。その和歌は

      柳 うちなびき 春くる風の 色なれや 日を経てそむる 青柳の糸

      鶯 春きては いく日もすぎぬ 朝戸出に 鶯きゐる 窓のむら竹

    の2首です。 これにのっとり、屋根を誇張した田舎屋と柳、窓辺の叢竹、 そして竹に止まる鶯を意匠としています。

    表写真 裏写真  製作背景 :
    定家詠花鳥十二ヶ月図の揃印籠は、古河藩主土井利厚の注文により、 同家所蔵の光琳屏風を原画に抱一が下絵を起こし、 羊遊斎が制作して毎月一本ずつ納品したものです。 それは文化初年のことでした。
     この印籠は土井家発注のオリジナルではなく、 天保期にリバイバルしたものと考えられます。 人気があったのでしょう。 デザイン的により洗練され、技術的にはより精巧で華やかになっています。

     形状 :
    昔形、紐通し付き4段の印籠で、原羊遊斎作「雪華文蒔絵印籠」 (重要文化財古河歴史博物館蔵・永青文庫蔵の2点) と同じ木型から作られており、ボディーは全く同寸法です。 この寸法の印籠は他にも見られ、いずれも天保年間に制作されたものです。 同じ印籠下地を大量に作らせ、 注文に応じてモチーフを変えて工房で制作していったことが察せられます。

     技法 :
    ・ 意匠だけでなく、技法も琳派を意識しています。 屋根には鉛、窓と柱には夜光貝を螺鈿としています。 ぼってりとした鉛の屋根は、 錆と呼ばれる漆と砥粉を混ぜたもので盛り上げ、 作銘写真 拡大写真 鉛の板自体は実は非常に薄いものです。 それは全体を鉛で作ると重くなってしまうからです。
    ・ 竹に止まる鶯は金無垢に容彫したものを埋物としています。 定家詠花鳥十二ヶ月では、鳥の存在は花よりも重要なテーマになっており、 鳥を蒔絵ではなく、精緻な金物とすることで鑑賞者の目を引くよう計画されています。
    ・ 田舎屋の上方には霞があり、裏面へと続いています。 地に蒔いてある金粉溜地の金粉よりもずっと大きい平目粉を蒔き、 同一平面に研出すことによって、この霞はできています。 また同じ平目粉は霞のようまばらに蒔かれ、鹿子金地になっています。
    ・ 印籠の段の内部は鹿子梨子地となっています。 普通上等の印籠では金梨子地としますが、 鹿子梨子地は金梨子地の中に大きく厚い平目粉をまばらに蒔いた、 最も上等な金梨子地です。塗厚の調整は難しく、 使用する金の重量も通常の梨子地の3〜4倍かかり、 特別な注文品であったと考えられます。

    底部右下に蒔絵銘があります。羊遊斎の作品では、特別な作品には「更山」印や花押を添えています。印籠の9割以上は「羊遊斎」の三字銘ですが、 この印籠では、印籠としては唯一の「羊遊斎作(花押)」銘になっており、 羊遊斎の自信の表れと考えられます。

     伝来 :
    江戸日本橋通一丁目にあった卸銅問屋に伝来し、 1990年に出現しました。それ以前の伝来は不明です。

     展観履歴 :
    1996 徳島市立徳島城博物館「近世御用蒔絵師の系譜」展
    1999 五島美術館「羊遊斎」展
    2002 国立歴史民俗博物館・岡崎市立美術館「男も女も装身具」展
    2005 MOA美術館「光琳デザイン2」展
    2008 東京国立博物館「大琳派展」
    2011 姫路市立美術館・千葉市美術館・細見美術館「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展
    2015 京都国立博物館「琳派誕生400年記念 琳派 京を彩る」展
    2019 東京富士美術館「サムライ・ダンディズム」展
    2020 国立能楽堂資料展示室「日本人と自然 能楽と日本美術」

    ※和歌の現代語訳
    柳 風になびき、日ましに濃く染まる青柳の糸は、春の訪れを知らせる風の色なのだろうか。
    鶯 春が来て幾夜もすぎないというのに、朝戸を開けて外に出ると窓辺のむら竹に鶯が来てとまっているよ。

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    2005年11月12日UP
    2021年 4月 4日展示替