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  •  原 羊遊斎 (はら ようゆうさい) 1769〜1845

    原羊遊斎作「鶏蒔絵印籠」全体写真

    鶏蒔絵印籠
    (にわとりまきえいんろう)

     原羊遊斎作 

     製作年代 : 江戸時代後期
    天保後期頃(circ.1840)

     法量 :
    縦87mm×横49mm×厚25mm

     鑑賞 :
    原羊遊斎工房で作られた極めて格調高い印籠です。
     黒蝋色塗地に雌雄の鶏と雛を非常に高度な高蒔絵で緻密に表したもので、羊遊斎の印籠の中でも別格のものです。
     ボストン美術館所蔵の原羊遊斎「印籠下絵集」に寸分違わぬこの印籠の下絵も残っており、資料的にも貴重です。
     近代の名工・白山松哉(1853〜1923)の パトロンでもあった今村繁三(1877〜1956)が愛蔵していた名品です。
     珊瑚の緒締と、根付には鶏兎古墨蒔絵根付が取り合わされています。

     『光琳百図』  意匠 :
    雌雄の鶏を裏表に配し、3羽の雛も表裏に配しています。雄鶏の堂々とした姿、雛の愛らしさが印象的です。
     アメリカのボストン美術館に所蔵される、原羊遊斎が使用していた 「印籠下絵集」には、完全に合致する下絵が貼り込まれています。 羽根の細かい部分まで既に下絵の段階で描かれており、綿密に計画してから製作されたことが分かります。
     また『光琳百図』下(右図)に掲載される光琳屏風の鶏図に着想した可能性もあります。 雄鶏を裏表で反転させたと 思われます。

     形状 :
    フォーマルな江戸形、紐通付の4段の印籠です。甲も高く盛っています。

     技法 :
    ・黒蝋色塗地に高蒔絵で表し、羽根はうあいの技法で表しています。羽根を一枚一枚、銀粉で高上げして、立体的に描割りで形作り、 上質の焼金粉をふんだんに使って蒔絵し、さらに付描きをしています。
    段内部写真 ・鶏冠部分は朱の石目としています。
    ・段内部は金梨子地です。

     作銘 :
    底部の左下に「羊遊斎」と極めて端正な蒔絵銘があります。銘ぶりも他の作銘に比べて格別美しいものです。

     伝来 : 「第二回今村繁三氏所蔵品入札」 「第二回今村繁三氏所蔵品入札」
    近代の名工・白山松哉のパトロンであった今村繁三の旧蔵品で、大正14年(1925)に東京美術倶楽部で行われた「第二回今村繁三氏所蔵品入札」 で売却されました。
     その後長らく某宮家の所蔵で、1999年にサザビース・ロンドンで売却されました。 今村繁三以前の伝来は不明ですが、形状、グレードから見ていずれ大名家伝来品と考えられます。

     展観履歴 :
    2002 国立歴史民俗博物館・岡崎市立美術館
        「男も女も装身具」展
    2019 東京富士美術館
        「サムライ・ダンディズム」展

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    全体写真

    正月蒔絵印籠
    (しょうがつまきえいんろう)

     原羊遊斎作 

     製作年代 : 江戸時代後期
    天保後期頃(circ.1840)

     法量 :
    縦97mm×横57mm×厚22mm

     鑑賞 :
    原羊遊斎による琳派風印籠の最高傑作で、圧倒的な存在感を見せています。 定家詠花鳥十二ヶ月の光琳屏風に基づき、 酒井抱一が下絵を描いた作品です。 元禄の尾形光琳を思わせながらも、 より華やかで精密な江戸琳派工芸の特長を出しています。
     竹に止まる鶯にちなんで、根付には「梅に鶯図」の鏡蓋根付と 大きな珊瑚珠の緒締が取り合わせられています。

     意匠 :
    藤原定家が詠んだ花と鳥に関する十二ヶ月の和歌(いわゆる定家詠花鳥十二ヶ月)の内、 正月について詠んだ和歌に基づいています。その和歌は

      柳 うちなびき 春くる風の 色なれや 日を経てそむる 青柳の糸

      鶯 春きては いく日もすぎぬ 朝戸出に 鶯きゐる 窓のむら竹

    の2首です。 これにのっとり、屋根を誇張した田舎屋と柳、窓辺の叢竹、 そして竹に止まる鶯を意匠としています。

    表写真 裏写真  製作背景 :
    定家詠花鳥十二ヶ月図の揃印籠は、古河藩主土井利厚の注文により、 同家所蔵の光琳屏風を原画に抱一が下絵を起こし、 羊遊斎が制作して毎月一本ずつ納品したものです。 それは文化初年のことでした。
     この印籠は土井家発注のオリジナルではなく、 天保期にリバイバルしたものと考えられます。 人気があったのでしょう。 デザイン的により洗練され、技術的にはより精巧で華やかになっています。

     形状 :
    昔形、紐通し付き4段の印籠で、原羊遊斎作「雪華文蒔絵印籠」 (重要文化財古河歴史博物館蔵・永青文庫蔵の2点) と同じ木型から作られており、ボディーは全く同寸法です。 この寸法の印籠は他にも見られ、いずれも天保年間に制作されたものです。 同じ印籠下地を大量に作らせ、 注文に応じてモチーフを変えて工房で制作していったことが察せられます。

     技法 :
    ・ 意匠だけでなく、技法も琳派を意識しています。 屋根には鉛、窓と柱には夜光貝を螺鈿としています。 ぼってりとした鉛の屋根は、 錆と呼ばれる漆と砥粉を混ぜたもので盛り上げ、 作銘写真 拡大写真 鉛の板自体は実は非常に薄いものです。 それは全体を鉛で作ると重くなってしまうからです。
    ・ 竹に止まる鶯は金無垢に容彫したものを埋物としています。 定家詠花鳥十二ヶ月では、鳥の存在は花よりも重要なテーマになっており、 鳥を蒔絵ではなく、精緻な金物とすることで鑑賞者の目を引くよう計画されています。
    ・ 田舎屋の上方には霞があり、裏面へと続いています。 地に蒔いてある金粉溜地の金粉よりもずっと大きい平目粉を蒔き、 同一平面に研出すことによって、この霞はできています。 また同じ平目粉は霞のようまばらに蒔かれ、鹿子金地になっています。
    ・ 印籠の段の内部は鹿子梨子地となっています。 普通上等の印籠では金梨子地としますが、 鹿子梨子地は金梨子地の中に大きく厚い平目粉をまばらに蒔いた、 最も上等な金梨子地です。塗厚の調整は難しく、 使用する金の重量も通常の梨子地の3〜4倍かかり、 特別な注文品であったと考えられます。

    底部右下に蒔絵銘があります。羊遊斎の作品では、特別な作品には「更山」印や花押を添えています。印籠の9割以上は「羊遊斎」の三字銘ですが、 この印籠では、印籠としては唯一の「羊遊斎作(花押)」銘になっており、 羊遊斎の自信の表れと考えられます。

     伝来 :
    江戸・日本橋通一丁目にあった卸銅問屋に伝来し、 1990年に出現しました。それ以前の伝来は不明です。

     展観履歴 :
    1996 徳島市立徳島城博物館「近世御用蒔絵師の系譜」展
    1999 五島美術館「羊遊斎」展
    2002 国立歴史民俗博物館・岡崎市立美術館「男も女も装身具」展
    2005 MOA美術館「光琳デザイン2」展
    2008 東京国立博物館「大琳派展」
    2011 姫路市立美術館・千葉市美術館・細見美術館
        「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展
    2015 京都国立博物館「琳派誕生400年記念 琳派 京を彩る」展
    2019 東京富士美術館「サムライ・ダンディズム」展
    2020 国立能楽堂資料展示室「日本人と自然 能楽と日本美術」

    ※和歌の現代語訳
    柳 風になびき、日ましに濃く染まる青柳の糸は、春の訪れを知らせる風の色なのだろうか。
    鶯 春が来て幾夜もすぎないというのに、朝戸を開けて外に出ると窓辺のむら竹に鶯が来てとまっているよ。

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    2005年11月12日UP
    2021年 4月 4日展示替