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  •  佐野 長寛 (さの ちょうかん) 1794〜1856

    小田切文色絵骨吐弁当
    (おだぎれもんいろえほねはきべんとう)

     佐野長寛作  佐野長寛作「小田切文色絵骨吐弁当」

     製作年代 :  江戸時代末期
     天保〜安政 (circ.1860)

     法量 :
    縦107mm横78mm×厚41mm

     鑑賞 :
    佐野長寛がしばしばモチーフとして使った小田緞子の模様を意匠とした作品です。 残菜入れで、巨大な印籠形になっています。瑪瑙の緒締、牡丹木彫の饅頭根付が取り合わされています。 共箱も附属していて、民俗学的にも貴重です。

     意匠 :
    佐野長寛が箱書に書いた「小田切之紋」とは、 「小田緞子」と呼ばれる名物裂の模様です。 長寛は様々な作品にこの文様を意匠として使っています。

     形状 :
    昔形の印籠形です。1段で筒状に非常に高い立ち上がりになっています。天地は甲を盛っています。

     骨吐弁当 :
    長寛が箱書に記した「骨吐辨當」とは、長寛の造語かもしれませんが、 江戸で言うところの「残菜入(ざんさいいれ)」や「頓骨(とんこつ)」のことです。 「骨を吐く」とは、食べ残しの魚などの骨を入れるという意味です。 昔は食べ残しを器に残すことが非礼とされ、持ち帰るものでした。<br>  現在も茶席で使用する残菜袋はその名残です。 「頓骨」も同じ意味で、「頓」には「捨てる」という意味があるのです。

     技法 : 共箱 段
    長寛が箱書に「布着」と書いたように、補強の布の目を故意に見せた塗り方で、「布目塗」とも呼ばれます。 そこに小田切文を朱漆と黒漆の漆絵、焼金・鉛粉・銀粉の高蒔絵で描いています。 長寛は「色繪」と書いていますが、漆芸では正式には「色絵」という言葉はほとんど使いませんので、 「色漆の漆絵・蒔絵」の略と考えられます。葉脈などの細かい部分は描割で描いています。 内部は黒蝋色塗です。

     外箱 :
    桟蓋造の桐製外箱で、 表に「色繪小田切之紋 /布着骨吐辨當」の墨書があり、 底には「漆匠/長寛」との墨書と「長次」の 白文方形印が捺されています。 貼札には「下八/拾一」と墨書があります。

     伝来 :
    国内に伝来し、1997年に確認されました。今回初公開です。


     小田切文意匠の作品群 :
    佐野長寛の作品には、この小田切意匠の作品が、かなり多く見られます。 戦前の売立目録から、いくつかの例をあげておきます。昭和3年「兵庫余暇庵神戸渡辺氏並ニ某家所蔵品入札」(京都美術倶楽部)

    [仕込弁当皆具]
    岡持のような構造の提重です。5段の縁高に小田切文があります。 喰籠は根来塗りに高台寺蒔絵を模した菊桐紋で、砂張写しの掛子が付き、 酒次は正法寺写しの松喰鶴の箔絵、朱の引盃と色絵の盃台、溜塗の丸銘々盆が10枚、 手造へぎ目銘々皿10枚が収められています。
    ・昭和3年(1928)「兵庫余暇庵神戸渡辺氏並ニ某家所蔵品入札」(京都美術倶楽部)
    ・昭和10年(1935)「当市有本梅泉庵所蔵品入札」(大阪美術倶楽部)

    の2回の売立目録に出ています。 昭和6年(1931)当市某家所蔵品入札(大阪美術倶楽部)

    [縁高]
    上記仕込弁当に収められる縁高と似たもので、5段で共箱としたものです。
    ・昭和6年(1931)当市某家所蔵品入札(大阪美術倶楽部)
    に出ています。
    2段のみで共箱にした縁高もあり、
    ・大正7年(1918)「当市山伏町井上氏所蔵品入札」(京都美術倶楽部)

    に出ています。

    [枠入弁当] 大正8年(1929)の「船橋家蔵品目録」(京都美術倶楽部)
    重箱に小田切文、枠の側面に桐文をあしらった枠入弁当で、黒漆叩塗に色漆と蒔絵で、共箱です。
    ・大正5年(1926)「当市烏丸西川幸三郎氏所蔵品其他某氏書画屏風道具類入札目録」(京都美術倶楽部)
    ・大正6年(1927)の「上京神田氏所蔵品入札」(京都美術倶楽部)
    ・大正8年(1929)の「船橋家蔵品目録」(京都美術倶楽部)
    ・大正13年(1924)「神戸菊地家所蔵品入札」(大阪美術倶楽部)
    など4回の売立に見出せます。 これらが同一作品か、極めて類似する作品なのかは写真が不鮮明で判別できません。

    [重箱]
    4段の重箱で共箱にしたものは
    昭和15年(1940)某家所蔵品入札(大阪美術倶楽部) ・昭和15年(1940)某家所蔵品入札(大阪美術倶楽部)
    に出ています。また4段でやや低いプロポーションのものは
    ・大正7年(1918)「当市山伏町井上氏所蔵品入札」(京都美術倶楽部)
    に出ています。


    [盃台]
    黒漆塗に色漆・蒔絵の盃台で、 大正5年(1926)「江州八幡西川貞二郎氏所蔵品入札目録」(京都美術倶楽部)
    ・大正5年(1926)「江州八幡西川貞二郎氏所蔵品入札目録」(京都美術倶楽部)
    に出ています。



    [広蓋]
    黒漆塗に色漆と蒔絵で小田切を表した広蓋です。
    ・昭和6年(1931)当市某家所蔵品入札(大阪美術倶楽部)
    に出ています。 昭和6年(1931)当市某家所蔵品入札(大阪美術倶楽部)



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    佐野長寛作「絵高麗桜鯉蒔絵蓋物」

    絵高麗桜鯉蒔絵蓋物
    (えごうらいさくらにこいのまきえふたもの)

     佐野長寛作 

     製作年代 : 江戸時代末期
    天保〜安政 (circ.1860)

     法量 :
    直径196mm×高128mm

     鑑賞 :
    幕末の奇人、名工として知られる佐野長寛の強烈な個性が表れた傑作です。 絵高麗と呼ばれる、高麗陶磁を蒔絵で模したもので、 底も陶器のように見せています。 蓋は網に桜蒔絵です。共箱には自ら讃を書き付けています。

     意匠 :
    身は絵高麗の陶磁器を意図したもので、 鉄絵・掻き落としの素朴な模様を写しています。 見込みは鯉に水草で中央には八卦文で、勾玉巴文を中心に四方に乾を表わす爻を描いています。 外側には蔓状の草の模様と三星と六星が散らされています。 蓋は内外共に、網に桜模様となっています。これは能「桜川」に取材しています。

     形状 :
    身は深い鉢の形で、高台は撥高台となり、高台の中は巴状に渦巻きに形作っています。 蓋は浅い織部形の盃のような形状としています。

     技法 :
    ・グレーの部分は炭粉と銀粉の混合粉を使った銀粉溜地で、模様を 研切蒔絵としています。鉄絵を表現した黒い 模様部分は炭粉に青金粉を蒔いています。 鯉は金粉溜地に鱗文を引っ掻いて表し、鯉のヒレは朱金としています。
    ・高台内は錆び漆で巴高台に形作り、弁柄を混ぜた褐色に仕上げています。
    ・蓋の地塗は潤塗で、網模様は黒漆で描き、桜の花弁は金の平蒔絵としています。

     類例 :
    長寛は同趣の作品を数点作ったようです。私が確認しているだけでも次の3点あり、少しずつ意匠や技法を変えています。
    1 林新助(道具商・楽庵)旧蔵品。現在オランダの個人コレクター所蔵。
    2 上野旭松庵旧蔵。現所在不明。「京都上野旭松庵氏所蔵品入札」(1917年 大阪美術倶楽部)、 『京漆器』(1983年 光琳社出版)、『近代日本の漆工芸』(1985年 京都書院)に所載。
    3 兵庫栗庵旧蔵。現所在不明。兵庫栗庵所蔵品入札目録(1940年 京都美術倶楽部)に所載

    外箱写真 1 の身は本作とは鯉の向きが逆で、 高台に「漆匠/長寛(花押)」の蒔絵銘があります。 蓋の表は黒塗に紅葉の黒蒔絵、見返しは朱漆刷毛目塗 に桜を金の平蒔絵としたもので 網模様はありません。 外箱は本品とよく似ていますが、字配りに若干の異同があり、署名に「長次」印が捺されています。
    2 身は本作とほぼ同じで、蓋の色が潤塗ではなく朱塗のものです。 外箱は底まで黒漆塗で、底に朱漆で 「さくらこいのえやう/ 繪高麗摸之蓋物/漆匠/長寛造(花押)」とあります。
    3 モノクロの売立目録の図版だけですが、身は本品と似た撥高台、蓋の塗色は不明ですが、網に桜蒔絵です。

    外箱底 箱書写真  外箱 :
    四方桟蓋造の桐製外箱で、底の箱書部分を除いて、黒漆塗にしています。 「□石地塗光輪蒔画/蓋溜塗網ニ櫻蒔画/食籠」と判読不能 の2枚の貼札があります。箱の底には次のような箱書があります。
















    ※現代語訳
    「いぬ」という言葉は「似て非なるもの」という意味があり、 犬桜も花に見えながら桜ではない。

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    2008年12月21日UP
    2012年11月28日UP