古満 文哉 (こま ぶんさい) 1811〜1871
柴舟蒔絵印籠 (しばふねまきえいんろう)
古満文哉作
製作年代 :
江戸時代末期
法量 :
縦44mm×横41mm×厚15mm
鑑賞 :
本阿弥光悦作とされる「柴舟蒔絵印籠」を、初代古満寛哉の次男、古満文哉が模写した
琳派風の小振りな印籠です。
鉛、螺鈿の象嵌に平蒔絵としています。
柴田是真も同じ印籠の模作をいくつか残しています。
黒檀製楼閣彫の根付と、
珊瑚珠の緒締2つ、銀磨地に鹿片切彫の緒締、
八百善亀甲更紗の巾着が附属した合提に仕立てられています。
根付以外は昭和4年(1929)に東京美術倶楽部で行われた
の浅見家売立以来そのままの取り合わせで残っています。
意匠 :
荒れた波間に、柴を積んだ小舟、いわゆる「柴舟」が浮かぶ意匠です。
琳派にしばしば見られる意匠で、
『源氏物語』宇治十帖の「浮舟」に取材したものとも考えられます。
形状 :
小型で、ほぼ正方形の角印籠に紐通が付いた、3段の印籠です。
天地は平らになっており、琳派の印籠に見られる、独特な形状です。
技法 :
黒蝋色塗地に平蒔絵で波文を表わし、柴は鉛板を象嵌した上に付描で、
舟は厚貝の螺鈿で表しています。
印籠の段内部は、艶の無い金地に仕立てられています。
こうした金地の段内部は琳派の印籠に独特なもので、
忠実に本歌を写したものと考えられます。
作銘 :
蓋裏に「光悦作/文哉寫」と針彫銘があります。
金地の段内部で、蓋裏に針彫で銘を入れるのも、尾形光琳などの印籠に見られるものです。
本歌は無銘と考えられますが、尾形光琳の印籠銘に倣って「光悦作」と銘書したと考えられます。
伝来 :
昭和4年(1929)4月8日に東京美術倶楽部で行われた『浅見家所蔵品入札』
に古満寛哉(2代)作「桐花唐草蒔絵印籠」・原羊遊斎作「薮柑子蒔絵印籠」・飯塚桃葉「蝶蒔絵印籠」
などと併せて小印籠5点を1ロットにして出品され、440円で落札されています。
製作背景 :
同趣の印籠は2代古満寛哉も作っています。
武井男爵のコレクションでしたが、現在所在不明です。
また柴田是真も全く同図の印籠を少なくとも4点は作っています。
大正7年(1918)の松澤家の売立と大正8年(1919)の籾山家の売立に出ている印籠
は共箱で、やはり「光悦寫」だったことがタイトルからわかります。
金工家、香川勝廣が所蔵していた柴田是真作「柴舟蒔絵印籠」については、より詳細に記録があります。まず『漆器図録』
に模写図があります。そこには「本阿弥家蔵光悦作是真寫」と注記があり、
印籠の底には楕円の中に是真の銘があります。
大正6年(1917)の香川勝廣の売立目録には写真もあり、やはり共箱だったことがわかります。
おそらく「本阿弥家蔵光悦作是真寫」は共箱に書いてあるのでしょう。この印籠は現存し、
メトロポリタン美術館
に入っています。
これらのことから想像されるのは、古満寛哉(2代)・古満文哉・柴田是真の3人で本阿弥家に行き、
本阿弥光悦作と伝えられる印籠を見たのでしょう。
模写図を作り、
それぞれに翻案作品・模写作品を作ったのではないかと考えられます。
展観履歴 :
1999 五島美術館「羊遊斎」展
2019 東京富士美術館「サムライ・ダンディズム」展
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2007年12月 5日UP 2024年 6月23日更新
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